ハチス 思い出話(82)

会高合唱部が東北で金

宮城県多賀城市文化センターで行われた、全日本合唱コンクール東北大会で、
会津高等学校合唱部が、混声で金賞に輝き、全国大会出場を決めました。
これによって、10月27日から長野県県民文化会館で開催される、
全国大会に出場することになりました。

会津高等学校は、これまで8年間、全国大会で連続で金賞獲得をしており、
それ以前にも、連続で金賞を獲得するなど、全国に知られた伝統校です。

会津高等学校は、旧制の会津中学校が、昭和23年の学制改革によって、
高等学校になりました。私は、昭和22年に会津中学校を卒業しましたが、
在校中はまだ合唱部はありませんでした。

私たちが卒業した直後、学生たちから合唱部結成の気運が持ち上がり、
その指導を、われらが秋月鏡観先生にお願いしたのです。

鏡観先生は、日ごろから、ボーイスカウト隊を設立するとともに、
合唱団の結成を考えておられました。そこに会津高校の生徒たちから、
合唱の指導をとの依頼があったので、快諾されたのです。

ただ、学校で認められたクラブでなく、学校が依頼した指導者でなかったので、
非公式の合唱活動でした。そのため、時には鏡観先生は教室の窓から入って、
内緒で指導することもあったそうです。

学校ではまもなく学而会(生徒会)が誕生し、合唱部も教師が顧問となり、
公認の合唱活動を始めたのです。鏡観先生は学校の指導から手を引き、
一般人を対象とした、会津混声合唱団の育成に力を注がれました。

会津高校の合唱団員の一部は、混声合唱団で活動する生徒もあり、
学校の合唱部も、めきめきと腕を上げて、全国大会の強豪校になったのです。

秋月鏡観先生と音楽との関係は、「思い出話(50)歌うハチス隊」で、
述べていますので、詳しい話はしませんが、コーラス指導に熱心な先生は、
スカウトたちにも、簡単な合唱、輪唱、楽譜の読み方などに、
力を入れて指導されました。

お蔭で、ハチスの指導者たちは、楽譜が読めるようになり、
スカウト歌集にある多くの歌を、次々とスカウトに指導していきました。
そして、会津若松市公会堂で開催される、市民コンサートにも出演しました。

来る全国合唱コンクールでも、会津高等学校合唱部が、
金賞一位を獲得することを願っています。

平成30年10月1日
  ハチス団委員 赤城良一